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Interview with

久保陽子

久保陽子
「ベートーヴェンのすごさは愛の深さ」と語る
久保陽子
東京・小石川の文京楽器で

奄美で育まれた信仰と音楽への道
久保陽子が語る
バッハ、ベートーヴェン

聞き手 垣花理恵子◎本誌編集

 アメリカ占領下の戦後の奄美大島でヴァイオリンに出会い、18歳で第2回チャイコフスキー国際コンクール第3位入賞を果たした久保陽子。東日本大震災後、年間二百数十回にわたってバッハやパガニーニの無伴奏作品のコンサートをこつこつ続けてきたという久保には、「神さまのために働きたい」という幼い頃から育まれたカトリック信仰がある。コンドラシンと共演したコンクールの思い出や、バッハ、ベートーヴェンの音楽に現れる宗教性について聞いた。


「ベートーヴェンは人間の感情をここまで浄化できるのかと感服します」

空き缶でつくったヴァイオリン

──ご出身の奄美大島は長崎と同じく、カトリックの人口比率が高い地域です。

 はい。私も親戚はみなカトリック、聖職者をたくさん出している家系です。修道女も多く、アフリカ宣教をした神父もいます。生まれたときからずっと、神さまのために働きなさいと母に刷り込まれてきました。80歳を過ぎた今になっても、それが消えることはないですね。うちは祖父の代から名瀬の薬局で薬をつくって売っていました。新発売の薬が出ると、トランペットやクラリネット、太鼓だのを若い子に演奏させて、まちを練り歩いていたみたいです。父はヴァイオリンを弾き、母もヴァイオリンに憧れていて、私をおぶって父に内緒で練習していたそうです。

──久保さんが最初に弾いた楽器は缶でつくったものだったとうかがいました。

 戦後まもなくで、子供用のちっちゃいヴァイオリンが手に入らなかったのです。奄美はアメリカの占領下で配給の粉ミルクの立派な空き缶があったので、それを使って父がつくってくれました。

見いだされた才能

──その後、ヴァイオリニストの折田泉さんと出会って転機が訪れます。

 5歳のときでした。石井みどり舞踊団で活動していた折田さんが沖縄に行く途中で台風に遭い、奄美にしばらく滞在されたのです。私をみてくださるなり、すぐ東京に出なさい、あとは自分がなんとかするからと。当時、アメリカ領の奄美から東京に出るのは難しかったのですが、なんとアメリカ人の神父さんが両親に離婚を勧めてくださって。離婚は認めないお立場のはずなのに、「書類上のことだからなんということはない」とおっしゃって(笑)。それで折田さんに会ってから3年経ってやっと、母の実家にもどる建前で奄美を出ました。

──その10年後の1962年、18歳のときにはオイストラフが審査委員長を務めた第2回チャイコフスキー国際コンクールで3位入賞を果たされます。ものすごい成長ですね。

 奄美では小学校のピアノも戦争で焼けていましたからピアノをみたこともないような子供でしたが、東京で村山信吉先生につき、齋藤秀雄先生の「子供のための音楽教室」に通い、やがてジャンヌ・イスナール先生にみていただきました。桐朋の高校ではベートーヴェンの四重奏曲を全曲やりたくてカルテットも組んで勉強しました。

ショスタコーヴィチが委員長
イエスのお守りとコンドラシン

──チャイコフスキー・コンクールの本選は誰の指揮でしたか?

 キリル・コンドラシン、オーケストラはモスクワ放送交響楽団です。ショスタコーヴィチがコンクール全体の委員長でした。

──コンドラシンは1961年の12月30日にモスクワで、ショスタコーヴィチの交響曲第4番を初演しています。62年春のコンクールはそのショスタコーヴィチの歴史的な時期と重なっています。

 コンドラシンは本当に見事でした。練習していないのに、なぜ私のことがわかってこんなに弾きやすく誘導してくれるのかと。後にも先にもあんな人はいません。本選の演奏前に、知人のシスターが渡してくれた赤ちゃんイエスの小さなお守りを指揮台の上にのせていいかと訊いたんです。そうしたら、もちろんいいよ、置け置けって(笑)。コンクール後には、インタビューで好きな作曲家を問われたのですが、バッハとベートーヴェンとしか言わなかったんです。今思うとなんとも生意気な18歳でした。

喜びも神に捧げる

──バッハの無伴奏作品やベートーヴェンのソナタは、現在も頻繁に演奏されています。

 思いはずっと変わりません。バッハの無伴奏ソナタの第1番はチャイコフスキー・コンクールの第1次予選の課題曲でもあったのですが、教会の中で響き渡るような、これから神さまに捧げますという敬虔な気持ちになります。バッハには、感情をかきたてるロマンティックな部分もありますが、そういう喜びも神に向かって捧げていく。賛美の歩みの音楽だと感じます。

神がかった緩徐楽章

──ベートーヴェンのソナタはこの7月に、10番を文京楽器のサロン・コンサートで演奏されます。

 文京楽器でのコンサートは、2013年の小石川店舗オープン以来ずっと続けてきています。10番はあまり弾く人がいなくて、私も若いときにはよくわからなかったんです。1楽章なんて、やさしい音型なのに最初のフレーズから弾けませんでした。でも、今回やってみたら、はっきり解釈できるようになっていて、歳は取るものだなと(笑)。あれはね、アウフタクトの始まりをどう扱うかで次がものを言います。2楽章は神がかっていて、後期そのものと感じます。ベートーヴェンは緩徐楽章がアダージョ・エスプレッシーヴォ(Adagio espressivo)と書いてあったら、本当にすごいです。一音一音、ここまで人間の感情を浄化できるのかと感服します。

──そこでベートーヴェンが伝えようとしているものとは?

 愛ですね。ベートーヴェンのすごさというのは、やはり愛の深さなのだと思います。人類を代表して、神への愛を捧げている。

──2027年はベートーヴェン没後200年となる記念年です。ご予定を教えてください。

 5月には、40周年を迎える帯広交響楽団と協奏曲を演奏します。東京のムジカーザではソナタ全10曲をチクルスで。最終回の第3回は、ベートーヴェンの命日にあたる3月26日に開催します。神さまにつながるような仕事になれば嬉しいです。聴いた人が慰められ、音を思い出すと嬉しくなってくれるような音楽をつくりたい。そこに尽きると思っています。


Kubo Yoko

鹿児島県奄美大島出身。1962年桐朋女子高等学校音楽科卒業、同年チャイコフスキー国際コンクール第3位入賞。64年パガニーニ国際コンクール、65年ロン=ティボー国際コンクールにて第2位。67年からJ.シゲティに師事。ソリストのほか、ピアニスト弘中孝と桐五重奏団、ジャパン・ストリング・クヮルテットを主宰するなど室内楽奏者としても活躍中。2011年3月まで東京音楽大学教授として後進の指導にあたる。東日本大震災後、犠牲者を悼む思いをこめて、北海道中札内村の六花亭「北の大地美術館」で連日にわたるミニコンサートを2019年まで開催。

公演情報

久保陽子のサロン・コンサート#10 第6回

7月11日(土)19:00 文京楽器1Fサロン

ヴァイオリン:久保陽子
ピアノ:大石啓
J.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ第6番
ショパン:エチュードOp.10より No.3,4、Op.25より No.11,12
パガニーニ:カプリースより No.21,22,23,24
J.S.バッハ:無伴奏パルティータ第3番より
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第10番
(曲目は変更となる場合があります)
問合せ:文京楽器 TEL)03-5803-6969