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Interview with

大野和士

大野和士が語る《ピーター・グライムズ》の永遠の海
新国立劇場で11、12月に上演

大野和士

聞き手 垣花理恵子◎本誌編集

新国立劇場芸術監督として、20世紀オペラの上演に力を注いできた大野和士がこの11、12月、ブリテン第1作目のオペラ《ピーター・グライムズ》を指揮する(ロバート・カーセン演出、2023年ミラノ・スカラ座初演)。モネ劇場、リヨン歌劇場に続き、3度目の《ピーター・グライムズ》との取り組みとなる大野に、孤立や虐待、集団の暴走など、重苦しいテーマを含みながらも美しさにあふれた「問題作」について聞いた。


「人間はすべて消えていくが、海は永遠に続く。音楽がそれを象徴していると思います」

──ベンジャミン・ブリテンは、20世紀の作曲家としてどのような位置にあるとお考えですか?

 20世紀の道しるべ的作曲家と感じます。ブリテンは20世紀初頭から1976年に亡くなるまで私たちとほぼ重なる時代を生き、二つの大戦を体験しました。第2次世界大戦が終わってまもなく《春の交響曲》を、その後1962年には《戦争レクイエム》を書き、ヴァイオリン協奏曲をはじめコンチェルトの名曲もあります。そしてオペラの世界に大きな足跡を残しました。10作を超える彼のオペラには人間のさまざまな性格が注ぎこまれ、その一人ひとりがきわめて繊細な鋭い感受性の持ち主です。

描きたかった心の激動

──《ピーター・グライムズ》はブリテンの最初のオペラで、初演は1945年、戦争が終わってすぐのロンドンでした。

 ピーター・グライムズという人間に、ブリテンは自身を強く反映させていると思います。ブリテンは他人と調和できない内面を持ち、どこかこう、祈りながら生きていた人だと感じるのですが、そういう深い感受性だからこそ、原作のグライムズの中に彼が描きたかった心の激動を認め、自分を委ねたのだと思います。この作品に対する思いはたいへん強かったはずです。

──グライムズは、漁村の共同体で孤立した「アウトサイダー」です。

 彼はいつも「徒弟」の子供をそばにおいていた。それ以外に彼が何と一緒だったかというと、どこまでも区切りなく広がる純粋な海と彼は結ばれていました。他方、グライムズのことを社会のはみ出し者、徒弟はいつも問題が生じて彼を離れてしまうではないかと揶揄する村人たちは、その内面が実はバラバラに壊れている。表面は笑顔でも、お酒が入れば仲は悪く、つねに詮索し合って傷つけ合う。そんな村にあって、「無償の情熱」が湧いて出る唯一の人間がグライムズだったのではないでしょうか。

エレンの静謐なアリア

──海については、有名な「4つの間奏曲」を通じても、多様な表現がされています。この作品で海はどういう働きをしていますか?

 最初の間奏曲の冒頭は水の動きのように始まります。そしてオペラの最後にくるのは、再び水の流れのような音楽です。その間には人間の淀んだ状況や対立があり、エレンの静謐なアリアがある。長いデュエットはありませんが、エレンといる時にグライムズは子供のように自然な状態になる。柔らかな、包むような、この作品中もっとも美しいところのひとつです。そういったドラマを経て彼は最後に海に沈んでいくわけですが、それは彼が永遠の海に戻るということでもあります。村人たちも、相変わらずの毎日を送りながら消えていく。エレンも消える。オペラに出てきた人たちはすべて消えていくが、海はずっと続いていく。音楽はそれを象徴していると思いますね。

大野和士

──2幕のグライムズのアリア「大熊座とスバル星は」も、この役の孤独と熱を感じさせて印象的です。

 自分は天のあそこまで上っていくんだという決意が音楽の高揚につながっています。たいへん重要なクライマックスで、今回それをどう視覚化してくれるか、ロバート・カーセン演出に期待しています。

人間が何かを失っていく時代

──第2次世界大戦中に作曲が始まり、ヨーロッパの戦線が終結してから完成したというタイミング的なものは、作品に何か現れていますか。

 ブリテンはヨーロッパ人として当然大戦を体験していますが、彼においては、これほどの犠牲を払った私たちに残された世界は何なのか? という戦後の問いのほうが強かったと考えます。人間が何かを失っていく時代と洞察したから《戦争レクイエム》が生まれ、《ピーター・グライムズ》を書く繊細さで「繁栄」の裏にあるものを見つめ続けた。戦争は占領という形でもあちこちで継続し、歴史上の一つの年号で局地的に終わるものではないわけです。愛することの素晴らしさや失うことの切なさをオペラ作品などでたくさん書きながら、もう一つの次元で、彼にはそのことが見えていたのだと思います。

成熟した深みのある男声

──今回のプロダクションで、グライムズを歌うブランドン・ジョヴァノヴィッチさんについて。

 彼はカーセン演出のスカラ座での初演でこの役を歌っています。私とはオペラでは初めてですが、明るく高い、輝かしい声で存分に活躍できる人は、バランスとして、暗めの声で深い内面性も打ち出せるものです。グライムズには成熟した深みのある男声が要求されますので、それにぴったりのテノールです。

耳を包み込むような温かい声

──グライムズと心を通わせるエレンは、英国出身のサリー・マシューズさんが歌います。

 世界の歌劇場で活躍するマシューズですが、新国立劇場は初登場。スターとしてキャリアを積み、このキャラクターをよく演じられる声の歌手に成長されたと思います。エレン役は語りかけるその声が、温かく、私たちの耳を包んでくれるように響くことが大切です。今のマシューズさんにふさわしい役です。バルストロード船長はジョーダン・シャナハン。彼も今の声がこの役にぴったりです。「船長」の彼は、水の中、永遠の海にずーっといる人。グライムズやエレンと結ばれる性質を持っています。私たちの心を穏やかにしてくれる声なので、マシューズやシャナハンの声を聴きますと、自分はグライムズのような狂人なのではないかと感じると思いますよ(笑)。こんな奥深い声で私たちに語りかけてくれるなんて、ああ、私たちはもしかしたら、変な世界で迷っているのでは? と。

──自分をグライムズの立場に置く人は、多いような気がします。被害者でありながら加害者であるかもしれず、もうどうしたらいいかわからないような……。

 そういう人たちに対して、エレンや船長みたいな人がいたら、だいぶ現代もよくなるかもしれませんね。

──日本人キャストも充実です。

 二人の姪に渡邊仁美と今野沙知恵。糸賀修平、河野鉄平、そしてセドリー夫人は素晴らしいメゾソプラノの齊藤純子。村上公太、吉川健一、大塚博章と、このうち1人でも欠けると《ピーター・グライムズ》はできません。非常にバランスのとれたキャストです。


大野和士 Ono Kazushi

東京藝術大学卒業後、バイエルン州立歌劇場でサヴァリッシュ、パタネー両氏に師事。ザグレブ・フィル音楽監督、バーデン州立歌劇場音楽総監督、モネ劇場音楽監督、リヨン歌劇場首席指揮者、バルセロナ交響楽団音楽監督、東京都交響楽団音楽監督などを歴任。現在、新国立劇場オペラ芸術監督(2018年~)及びブリュッセル・フィルハーモニック音楽監督、東京都交響楽団芸術顧問。日本芸術院賞など受賞多数。文化功労者。フランス芸術文化勲章オフィシエを受勲。新国立劇場26/27シーズンは《ピーター・グライムズ》《カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師》を指揮予定。

公演情報

ベンジャミン・ブリテン《ピーター・グライムズ》新制作

11月23日(月・祝)、26日(木)、29日(日)、
12月2日(水)、5日(土)14:00 新国立劇場 オペラパレス

指揮:大野和士
演出・照明:ロバート・カーセン
ピーター・グライムズ:ブランドン・ジョヴァノヴィッチ
エレン・オーフォード:サリー・マシューズ
バルストロード船長:ジョーダン・シャナハン
アーンティ:ニコール・ピッコロミーニ
姪1:渡邊仁美/姪2:今野沙知恵/ボブ・ボウルズ:糸賀修平/スワロー:河野鉄平/セドリー夫人:齊藤純子/ホレース・アダムス:村上公太/ネッド・キーン:吉川健一/ホブソン:大塚博章
新国立劇場合唱団
東京フィルハーモニー交響楽団
問い合わせ:新国立劇場ボックスオフィス TEL)03-5352-9999